相模原市花 アジサイ  2016

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               SAKAI だより <9月

   

★ 9 月 29日(日)・30日(月)   [ 「次男家との会食(相模原)」・「第39回偕行アートクラブ展(京橋)」・「第3回銀杏懇話会(学士会館)」・「月末雑感(読書・水泳・庭の畑等)」 ]

29 日(日)は 先日満4歳になったばかりの下の孫の我家主催の「誕生祝い」を次男家と17時すぎから、いつものイタリア料理店「マカロニ市場」で、ケーキと従業員のハッピーバースディの歌サービス付きで賑やかに行った。

 30日(月)はいつもどおり CIC 出勤。昼食後、本社から大手町事務所に移動する途中、京橋の「ギャラリーび〜た」で開かれている「偕行アートクラブ展」を観に行った。  これは 今 月 4日に も書いた大学の大先輩の Y 氏(元清水建設役員)の今秋 2 回目の展覧会。 平成25年 まで の 「同 台 アートクラブ」と言う陸士・幼年学校・防大出身者の絵画同好会が、公益財団法人 「 偕行社 」 のクラブとして改称した ものだが、 陸士61期というY氏は 90 歳 超 、 矍鑠としており今日も何時もの フランス の風景画 「 ボーヌ教会 」等3点と表通りの ショーウィンドーに 婦人像「 想い 」 (写真左上参照)が 展示されて いた。

 夜は、神田の学士会館で本年度第3回の東京銀杏会の「銀杏懇話会」が開かれたので出席した。講師は元運輸次官で副会長兼代表幹事の岩村敬氏( S44年法卒)、演題は「富士山に鉄道を」。スイスの登山鉄道・観光鉄道の紹介を交え、夢のある楽しい話だった。(写真右参照)

 聴衆も、流石に50人近くも集まり過去最多?だった。終わって懇親会の後、幹事は恒例の2次会、橋本に着いたのは11時過ぎ、最終バスを待つ気にもならず、タクシーで帰宅した。

とにかく9月も終了した。 1ヶ月を振り返ると、 CIC には11日出勤、3日はゴルフ、1日鐡楽会。残り15日中、風邪気味静養5日、水泳9日、プール休館で MB は10日といった内容。

通勤時間の読書・ナンプレ(数独)もまずまず。橋本図書館からの借本も、トム・クランシーのシリーズでこれから当分楽しめそうだ。

そういえば、庭の畑。一株何を植えたか分らないのがあったが、最近よく見たらピーマンらしきものが実を付けていた。女房は「モロヘイヤと書いてある苗を買ったのに」とのこと。取敢えず1つ収穫してみた。(写真左下参照)食べてみてよければ、あと4つ結実しているので今年秋の最後の収穫としよう。

★ 9月28日(土)[ 「菱匠会・秋の集い(三菱重工・相模クラブ)」 ]

 今日は3時から、三菱重工・相模原の戦後・養成工の OB 会「菱匠会」が工場そばの相模クラブで開催されたので、“恩師”として参加した。一昨年まで夏に「暑気払い」として行っていたのを、昨年から「秋の集い」として時間も早めたもの。

戦後1期〜1 5 期 (横浜の17期生が1 人) までで、その後高卒の技能訓練生制度と入れ変わったので減る一方の会であ ったのが、 OB 会「菱窓会」を解散している川崎組が小生の仲介で3年前から加わり始め、今年も6人が参加していた。各期毎は退職者も含め合同で行っているらしいし、これからも増えそうである。 「日帰りバス旅行」・「 ゴルフ会 」も行っており、今年は日程が丁度合ったので、小生もゴルフ(10/11:中央都留 CC ) に初参加の予定である。

来賓は校長を務めた先輩恩師それに、労組副委員長や市会議員等5 人 。 出席者合計29人と盛会だった。(閉会時写真参照)

★ 9月27日(金)[「 第42回ジュラシック 会ゴルフ ・3位 (牛久・金乃台 CC ) 」]

 昨年の秋は足が攣って途中リタイア、今年の春は肉離れで欠場等小生にとっては何かと問題の多い 、 年2回の東大剣道部戦後〜昭和40年 卒 までのOB会ゴルフ「 第42回 ジュラシック会 ゴルフ 」が、いつもの牛久「金乃台CC」で開かれたので、 今年は牛久駅そばのホテルに前泊して 参加 することにした 。

素晴らしい天気に恵まれ、3 組1 2 人 ( 小生仲介の 昭和45〜50年卒の 若手 3 人 を含む)が集まり楽しくプレーした 。 (写真はスタート前集合写真)

20年近くも続く古い会で80歳を越える先輩も多数おり 、 数年前から参加した小生もその若手の親玉的存在に見えるらしく「若い・若い」と言われるが、腕前は格段に3人が上。前回に続き今回もその1 人がダントツで優勝した。

この流れは当分続きそうだ。小生もこの会は頑張らざるを得なくなり、通常より少し出来が良くなる。カートなしのこの難しいコースでハンディ22にも拘わらずスコア109で、GROSS5位・NET3位で何とか恰好がついた。

足の方も終わりの3ホール前(16番 H) で林の山中に打ち込み、危なかったが何とか最後まで持った。やはり前泊で多少なりとも睡眠が足りていて助かったようだ。賑やかに懇親会をし、今回は19番ホール(麻雀)は小生を除き成立したようで、8時頃には無事帰宅できた。

★ 9月24日(火)〜26日(木) [ 「9月度・ L の会(新橋)」・「読書(贈呈本・図書館#5〜借本)」・「牛久シティホテル宿泊(翌日のゴルフのため)」]

24・25・26日と3日連続 CIC に出勤。午前中本社、昼食を食べて大手町事務所に移動・午後執務と同じパターン。ただ、24日は4時から新橋の「坐和民」銀座土橋店で恒例の「 L の会」 ( 潟梶[ドテックの幹部 OB 会 ) があるので、3時過ぎに退社。ところが、店の名前が「ミライサカ」と変わっていてびっくりした。「和民グループ」のフランチャイズ制の営業手法の一環らしい。常連5人でいつもどおり楽しく飲んで帰った。

25日は、橋本図書館から予約してあったトム・クランシーのシリーズもの「ライアンの代価」の第1巻が貸出 OK ときたので、東大剣道部後輩の鈴木壮一君から贈呈のあった「雪の二・二六」(写真左参照)をこの数日で必死になって読み終えた。それで帰りに橋本図書館に寄り借りたが、同様に順番借りで申し込んだ第2巻〜第4巻も今日一挙に OK となった。

第1巻の返却は今日から2週間(10/9まで)、第2巻以降の借出しには10日(10/5まで)の余裕があるが、今度は3冊を2週間で読めるのか?。つづいて、「イスラム最終戦争」も4巻予約してあるのでどうなることやら、“お役所仕事”とはいえ、少々無責任な気もする。とにかく体験して解決して行くしかない。

26日も読書三昧。かつ翌日が牛久の金乃台 CC で東大剣道部 OB 会の年2回のゴルフ「ジュラシック会ゴルフ」があるので、牛久のホテルで前泊することにした。丁度、友人にディナーショウの招待を受けたので東陽町の「ホテル・イースト21東京」で豪華な食事だけ頂き、中座して牛久の“シティホテル”に夜10時 半 ごろチェックインして宿泊した。

★ 9 月 21 日( 土 ) 〜23日(金)[ 「 水泳・ MB 再開 」 ・「孫娘ピアノ」・「墓参り(愛川町・さがみ野霊園) 」・「北公園(彼岸花)」]

台風17号が沖縄から北上しているので、天気予報最悪のお彼岸であった。

初日の21日は終日曇り空。咳・痰も治まったので、水泳・ MB を再開することにして遅い昼食後なんと13日ぶりに出かけた。500m泳いで体調もかえって良くなったようだ。夜も久しぶりぐっすり眠れた。それにしろゴロゴロしている間にじわじわ増えていた体重が、このせいかどうかわからないが翌朝1Kg一挙に減った。

22日(日)は、午前中に次男家の孫娘のピアノのレッスン。また、次男出張中のため、4才になりたての下の男の孫と2人だけで過ごした。どうも彼の常識・目線から見ると、こちらの方がアンパンマンを取り巻く人脈や変形ロボット(シンカリオン等)・怪獣 etc. の知識等が欠如した「低級人間」なのかもしれないと、話を拝聴させて頂いた。

“予定あり”と帰って行ったので、天気が崩れないうちにということで、お彼岸の墓参りに夫婦で急遽出かけることにした。

近所のスーパーで、線香・お花に飲み物・弁当をを買い込みいつもどおりピクニック方々、我家から車で2〜30分、相模川の対岸の愛川町三増にある「さがみの霊園」に向かった。

本墓は大分県中津市の曹洞宗「龍穏山安全禪寺」にあるので、堺家の相模原支墓といったところ。天気もまずまずで、墓参者で賑わっていた。お参りした後、夫婦で事務所前の芝生で、例年どおり気持ち良く遅い昼食をして帰った。(お墓との合成写真参照)

23日(月)は結果的に“台風一過?”の快晴となったが、ゆっくり昼頃まで寝て、 3 日連続の水泳とMB(フィットネス)だけの 1 日となった。

水泳に行く途中、「北公園」に寄ると林の中に小ぶり?の“彼岸花”が群生していた。(写真左参照)

★  9 月 20 日( 金 ) [ 「第2 5 回橋本賑い 座 ( MEWE 橋本・寿し常)」 ・「橋本図書館(#4借本返還ほか)」・「新書 ( 「雪の二・二六」贈呈受け) 」]

今日は 相模原家事調停協会の現役・OB・OGの有志で2〜3ヶ月に一度開く昼食会 「橋本賑い座」が 、橋本駅そばのMEWE5階の寿司屋で12時から開かれる。この会は小生が“呼び集め幹事”で 、2 年に1回の全体 OB 会の母体でも ある。 メンバーは30人ほどだが、今回の出席者は 男性 7 人・女性 3 人の計 10 人 。「歩く会」も夏休みだったので、本当に久しぶりという感じだ。和気藹々で楽しく飲み・食べ・しゃべって解散した。(集合写真右)いつもの2 次会も成立せず、小生はそのまま MEWE にいて町田の絵画教室から帰る女房と待ち合わせて帰った。

 丁度6階にある図書館で4回目に借りた「ある村長の満洲引揚げ、戦後復興奮闘記」(佐野剛著 : 講談社)=写真左参照=の期限日だったので返還に行った。次予約してる本はまだ駄目なようなので、何を借りようかと悩んでいたが、昨夜東大剣道部の後輩で、今や近代歴史研究家として著述の方でも大活躍している鈴木荘一君から、「今般『雪の二・二六(勉誠出版)』を上梓した」からと新刊書の贈呈を受けた。取敢えずこちらを先に読んで、恒例により「読後感」付の礼状をだすことにし、今回は貸出を受けないことにした。

 “満洲引揚げ”は小生も経験者だけに身に迫るものがあったが、書いた剛氏(出版者の父)は我が父よりひと回りも若く帰国後の活躍も幅広い。ハルピン⇒瀋陽と我家の新京とは少し違うところもある。出版した長男も小生より4才下(小生は終戦時6才)。兎に角お互い大変な時代を体験したものだ。

 時間もあったので、図書館の担当者に「スマホ」での予約や現状把握の方法など習えて良かった。

★  9 月 17 日 ( 火 )  〜19日(木) [ 「家事調停委員時代書類裁断」・ 「 第12回・ YS 10会ゴルフ (河口湖 CC )」・「大手町事務所・来客応対」 ]

 中日(18日)のゴルフをはさみ、17日(月)と19日(水) CIC 本社と大手町事務所に出勤した。

 17日は前から気になっていた、家事調停委員時代の書類を全て裁断・廃却することにして、タクシーも使い大荷物を CIC 本社(入谷)に運んだ。

 高性能のシュレッダーを使い1時間もかからず2007年〜2011年の4年間分の書類を退庁後8年過ぎて完全に廃却できてスッキリした。

 18日は年1回の大分県立中津南高校第10回生で東京西部に住む4人の親睦ゴルフ。4人の頭文字が Y と S であることから「 YS 10会」と小生が勝手に名付けている。

 12年前から稲田堤に住む Y 君と彼の所属する河口湖 CC で年1回ツーサムで始めたものだが、7年ほど前から調布の S 君、武蔵境の Y 君が加わったもの。 

Y 君の車で稲田堤発、帰りは稲田堤の Y 君の家の近くで全員で楽しく飲むのが恒例だ。 ところが、一昨年から武蔵境の Y 君がゴルフを引退。残り3人の会となった。(昨年は2人のみのプレーとなったが)

 天気予報は雨だったが昨日は快晴、止める理由もないということで強行した。今朝も清々しい快晴で富士山も見える絶好のゴルフ日和。少なくとも午前中は大丈夫だろうと気持ち良くスタートした。ところが7 H 目で天気が急変、雨模様となりハーフで止めた。小生は名門クラブだけあり、アンジュレーションも複雑で難しいコースだが、48と好スコアで大満足のゴルフとなった。 ゆっくり風呂に入り昼食をとってから、稲田堤に戻り楽しく懇親会をして帰った。(写真はスタート前のクラブハウス食堂にて)

 19日は、午前中本社で打合せ、午後大手町事務所で執務・来客応対をした。

★  9 月 13 日( 金 ) 〜16日(月) [ 「 4連休(敬老の日・門灯・枝豆・静養・病院 etc. ) 」 ・ 「#7東京銀杏会美術鑑賞会(渋谷・文化村)」・「 次男家来訪」]

  13日から“敬老の日”を含む4連休。今年も地区の役員がお祝い品を届けてくれた。ところが8月から少し飛ばし過ぎたせいか、11日寝てからまた咳と痰に悩まされ12日は5時〜8時ごろまでウトウトした程度で完全な睡眠不足で出勤、夜は「 2 木会」で酒まで飲んで帰ったら、声がかすれて来た。

 13日朝、「風邪」の懸りつけ医の近くの耳鼻咽喉科に早目に行った。いつもの薬をくれ、“静養”を薦められた。それでこの連休は「水泳」は止めることにした。昼寝をして夕方は夫婦で行く「眼科」の定期検診のみにした。

 14日は、午前中武蔵小金井の「小金井 MC 」の循環器の定期検診。終わって15時から「第7回東京銀杏会美術鑑賞会」が渋谷の文化村で、現在開催されている「みんなのミュシャ」展の鑑賞会として行われたので参加した。

 10人が参加したが、会場は満員で細かい線の描写が持ち味のミュシャの絵そのものの鑑賞は至難の技。(写真右展覧会場風景参照)小生は「音声ガイド」で19箇所で立ち止まり、ミュシャの詳細解説や日本への影響(特に少女雑誌や漫画)等を聞いて大いに勉強になった。それでも予定の 1 時間は充分に使った。

 終って4時半頃から渋谷駅そばの地下のビヤホール?で懇親会をして帰った。 飲み放題だったが、生ビール1杯と後はウーロン茶で押通した。

 当初は第2土曜日は恒例の「東京銀杏会目黒懇話会( BH 会 ) 」があるので、この後自由が丘に行く予定だったが、声も出にくいしカラオケも無理なため昨日のうちに断わっておいた。懇親会出席者中 3 人は行ったようだ。

 後は16日午前中に次男家が孫娘のピアノレッスンにやって来ただけ。結果的に14日を除いては医者の薦めたとおりの休養日となった。

 話は変わるが、我家の表札を兼ねた門灯(写真下左参照)はセンサー付で夜だけ点灯する。家を建てて以来40年以上経つ、10日ほど前から点かなくなった。いつものように蛍光灯を交換したが今回は点かない、後はグロー電球か、センサーか本体かだが調べるすべもない。いよいよ駄目なら昼間だけでも良いかと諦めていた。ところが床の間の上陰に10 W の蛍光灯が付いているのを思い出し、グロー電球を変えてみたら無事点いた。電気屋に買いに行ったら「今時珍しいですね。ほとんど LED に変っていて必要ないんですよ」と言われた。

 また、裏庭の畑に植えた2株の「枝豆」。なかなか実が大きくならないので放っておいた。取敢えず10粒ほど収穫したら、案外美味しいので残り30粒ほども収穫して食べた。市販のものと比べると、採算は全く会わないが美味しさ・楽しみ・有難味が感じられてよい。(写真:下中)とミュシヤの作品(下右)

 

 

 

 

★  9 月 11 日( 水 ) ・12日(木) [ 「 2水会(新橋) 」 ・ 「顧問税理士事務所(八丁堀)」・ 「2木会(新宿)」]

昨日(11日)と今日(12日)は大手町事務所に出勤。そこから昨日は、途中 12時から の 月例の「東京銀杏会虎の門昼食会(二水会)」 ( 新橋の 新 橋亭 )に出席し、今日は帰りに八丁堀の顧問税理士事務所経由、17時半からの 「 2 木会(大学教養部月例クラス会)」 ( 新宿駅西口の居酒屋・土風炉 )に出席した。

 「二水会」の今回のメインスピーカーは、平成10年・法卒の第一生命経済研究所主席エコノミスト・新家義貴氏。「どうなる日本経済」というテーマで話をしてくれた。40人を越える大勢の参加者も今の日本を代表する経済アナリストの話に聞き入っていた。

 「予想」は逆さに読むと「うそよ」等とジョーク入りだったが、若いのに本当に凄い話で、小生も大いに感心した。(写真参照)

 顧問税理士とは、今度の CIC の顧問復帰に当り BC の経理の仕方について相談し、新宿に向かった。

 「2木会」は、7月以来2ヶ月ぶり、7人の常連メンバーが集まり、楽しく飲んで帰った。やっと「3木」から「2木」への変更が身に着いたようだが、やはり「2木」は都合が悪いという意見が出て、次回再検討することにした。、しかし、老人集団だけに、幹事としては“徹底する”のが頭の痛い問題である。

★  9 月 9 日( 月 ) [ 「 台風15号・交通機関大混乱 」 ・「大手町オフィス発進会(大手町)」]

 今日は台風15号で交通機関は8時まで止まる。それでも昼までに CIC 本社(入谷)に入るのは大丈夫だろうと思い、 TV で京王線も動いているのを見て少し早目の8時半頃家を出てバスで橋本駅に9時ごろ着いた。

 ところがバスを降りて南口の階段を上がる1階から長蛇の列。 JR のホームに入るために規制されているらしい。京王線は大丈夫だろうと2階に上がると、何とこれも北口の階段の下まで列を作っていた。

 喫茶店にでも入って楽になったら行こうと思ったが、何処も満員で待機者までがいる状態。ここで事の重大性を認識。あとは“我慢の子”で流れに沿って入谷まで、ほぼ立ちっ放しの難行苦行をして何とか12時半過ぎに本社地下の食堂に辿り着いたが、仲間は食べ終わったところ。 1 人で食事をすませ、午後少し打合せをして大手町事務所に向かった。

 また、延び延びになっていた「大手町オフィス発進会」を今日することになり、大手町ビルの地下の「中華料理店」で総勢7人で17時から楽しく飲んで帰った。(写真参照)

★  9 月 8 日( 日 )  [ 「裏山草刈」・「裏庭畑新収穫」・ 「 図書館(#4借出) 」 ・「次男家小4孫娘ピアノ」・「長男家小6孫・陸上大会」 ]

 金曜・土曜と2日連続で5時起きのハードスケジュールが続いた。今日はゆっくり寝て休養と思っていたが、台風15号が来て午後雨との事。表のフェンスの「木香バラ」がまた延びてみっともないので剪定の必要あり。仕方なく朝10時前に起きて作業、引続き裏山の「草刈」を2〜3時間掛けて強行した。

 裏山は、今年は隣近所も手をつけないので、これ幸いとそのままにしていたら、気が付くと先週のうちに手前だけだが上の3軒が刈り終わっている。

 天気も曇り空なのでついでに手をつけた。しかし始めると日が照り始め大変だったが、取敢えず例年の全体の5分の1ほど草刈をすると一応恰好が付いた。(写真右参照)

 大汗をかいたので風呂に入り一息つくとザーと大雨が降って来た。

そして昨年も豊作だった裏庭の畑の「ツルムラサキ」を初収穫(写真中参照)したので、おひたしにしてもらい遅い昼食をしてスッキリした気分て4時ころ水泳・ MB に行った。

話は変るが金曜日のゴルフの帰りに橋本図書館に行き、先日返還ポストに入れた3冊目の「運命を拓く」(中村天風著:写真左)の変わりに、4冊目の本「ある村長の満洲引揚げ、戦後復興奮闘記」(佐野剛著)を借りた。

 中村天風は昔部下の女性に薦められ読んだことがあったので、新鮮味はないが内容はそれなりにあった。“満洲”の方は、前回予約「在庫あり」で市内図書館から転送されており「入荷したらメールで知らせる」との事 だったが連絡なし。聞くと「連絡したが10日間返事がないのでキャンセルした」という、「着いてない」と押し問答となったが、本当にインターネットには今一信用が置けない。たまたま、そのまま借り手がなく有ったので借りられて良かったが、現在予約してあるシリーズ物4冊は当分借りられそうにはない。

 また、次男家の孫娘(小4)は先週校内音楽会のピアノのオーデションに目出度く合格。新課題も出たらしく早速土曜日(小生留守中)にレッスンに次男家が来たらしい。ひとえに嫁と女房の“叱咤激励”の賜物であるが、本人の「負けず嫌いの頑張り屋」の性格は、小生の DNA を確実に引き継いでいると1人ほくそ笑んでいる。

 また今晩の長男家からの「日曜電話定期便」で、下の孫(小6)が今日の豊田市民総合体育大会「陸上競技」小学男子1000mの部で出場25名中、4位(記録3分33秒)の好成績だったと報告があった。ほとんどが各校の陸上部の選手で、剣道部の彼は皆から『凄い』と褒められたとの事。

★  9 月 7 日( 土 )  [ 「 東京銀杏会・第8回鐵楽会 ( 東武 SL 大樹<下今市〜鬼怒川温泉>・東武ワールドスクウェア 見学) 」 ]

 6/12に第7回が行われた東京銀杏会(東大の東京地区同窓会)の「鐵楽<テツガク>会」。第8回が東武鬼怒川線下今市駅〜鬼怒川温泉駅を走る SL 大樹号に乗るのをメインに今日行われた。国土交通省(旧運輸省)出身のメンバーが幹事なので、東武鉄道の全面的支援があり18名の参加者は大いに楽しめた。天気も絶好、11時半に下今市駅に集合、12時50分の発車時間まで SL 転車台や展示館を見学した。小生などは昔見慣れたものだが、マニアの子供達には“垂涎物”だろう、家族連れ等で大いに賑わっていた。

 40分弱ゆっくり、田園・渓谷・森林等気持ちの良い風景を楽しんで終着・鬼怒川温泉駅到着。再度転車台を見学してから、駅前の名物蕎麦屋で、1時間ほど会食して15時前に解散した。(写真右は転車台上の SL 大樹号)

 終って、希望者12名は「東武ワールドスクウェア」というテーマパーク見学。開園して26年経つというが小生は全く知らず幹事任せにして参加したもの。バスが「日光江戸村行き」というので、そこが名前を変えたのかと思い、それなら“入口待機”と思ったほど。その手前にあり、世界21ヶ国の100点以上の遺跡や建造物を25分の1規模で、約14万体の人形と共に再現した素晴らしいところだった。暑くて少々バテ気味だったが、本番以上に来た甲斐があった。ただ、昨日のゴルフの後、片道4〜5時間の電車の旅は応えた。帰りの北千住までの東武線特急と、千代田線・小田急線・京王線は殆ど居眠りをして帰った。(写真左は東武 WS 内の東京スカイツリータウン:塔の真下から撮ると本物並み)

★  9 月 6 日( 金 ) [ 「 重工39会ゴルフ(秦野・東京CC )」 ]

今日は、小生にとって 秋の部 最初のゴルフとなる 「 重工 39会 ゴルフ 」(三菱日本重工・東京製作所同期入社者を中心としたゴルフ会) 」 の 9 月例会が 我が ホームコースの東京CCで開かれたので参加した。

 天気は最高というか、多少真夏のような暑さ。“足の攣り”が心配でおっかなビックリのプレーとなった。漢方薬を飲み、湿布もして水もペットボトルを4本も飲んで万全を期し、何とか無事に完走出来たが、敵は別にあり、ラフがきつくロストボールが4つも出た。

 結果、4組14人中グロス最下位。ハンディ30にもかかわらずネットも12位となった。実力者ぞろい、かつ練習もしてないので仕方ない。

 とにかく楽しくプレーし、同組者の中から優勝者も出て申し分のないゴルフだった。(スタート前集合写真参照)内容は個々に良いところも多かったので、スコアは今後に期待しよう。

★  9 月 4 日( 水 ) [ 「 第25回建築家たちのスケッチ展(三田・建築会館 )」

 今日は、一昨日の「羽黒会」総会の残務整理も含め鰍bIC本社(入谷)に直入。幹部と食事を共にしてから大手町事務所に出社した。

 丁度大学の大先輩Y氏(元清水建設役員)の恒例の絵画展「建築家たちのスケッチ展2019」が、2日〜9日まで三田の建築会館で開かれているので、帰り道寄って帰った。 毎年10人程の建築家仲間で開いているが、今年で25回目とのこと。小生も10年ほど前から毎年鑑賞させて頂いている。

 今日はご本人も居られ、何時ものように丁寧に解説までして頂いた。

 昨年11月、沖縄に旅行されたらしく、出展5点(他に2点はガラスケース内に展示)のうち3点がその時のスケッチだった。90才は越えられているが元気溌剌である。この秋もあと2〜3回展覧会が予定されている。(写真はY氏の出展コーナー)

★  9 月 2 日( 月 ) [ 「 羽黒会・第1回総会( 鰍bIC ・OB会:入谷 )」

 昨年4 月の退職時以来、鰍bIC芳賀会長の意を受け、小生が事務局長として 会社としての公式の「OB会」結成に取組んでいた。

 芳賀会長の出身地に因み「羽黒会」と命名。3000人近くの退職者の中から、原則勤続3年以上、60才以上を対象者とし、アンケート調査及び資格審査等を行いその時点で約100人のメンバーを確定した。一方で有志10人程度で年4回程度のペースで続いていた我々OB会「Aの会」が、結成母体となったがその後も地道に活動を広げ、 年1回「機関紙」を発行、やはり年1回発行の「社内報」と併せ昨年、今年と2回全員に送付。今日、第1回総会を開くことにして準備を進めて来た。

 結果的に35人(現役会員5人を含む)が参加。15人ほどの現役幹部等も出席し合計約50人が集まり、本社地下の居酒屋・レストラン「泉」で17時から盛大に行われた。(集合写真参照)

 お互い知らない同士も多かったが、会長を中心に“同じ釜の飯”を食った仲、すぐに打ち解けて和気藹々とした素晴らしい会合となった。

 ここまで来れば、小生の役割は終ったようなものだが、末永くこの会が続くことを期待したい。取敢えず年 1 回は開催して欲しいという声を生かして行きたい。そのためには「Aの会」にもう少し頑張って貰わなければならない。

 
株式会社 ボーダコム SAKAI だより

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