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               SAKAI だより <12月>
   
   
 

★  12月2 9 日( 日 )[「 ゴルフ練習(相模原スポーツガーデン) 」]

今日は朝から昼をまたいで、家の不具合を一手に頼んでいる「本田工務店」が親子で来てくれて、階段まわり等改善工事をしてくれた。その間小生も部屋の大整理等で忙しく働いた。本当に年末はせわしないものだ。

また、宅急便で例のドライバー(写真はカタログの同モデル)が届いたので、水泳もないし午後暖かいうちに近くの「相模原スポーツガーデン」のゴルフ練習場に、早速練習に行った。

丁度レッスン・プロがいて、30分3千円というのでお願いした。ゴルフで正式に習うのは初めてだったが、年配の優しいプロが親切に教えてくれた。

今までが全く駄目だったらしく、新しいドライバーの使い方どころか、使いやすいと見てか先々代のドライバーで、スイングの基礎から教えられた。玉はどこへ飛んでもいいからスイングしろと言われ、普通は 1 箱がせいぜいなのに3箱も打って帰った。あまりに酷かったのか、プロが居なくなったら、左右の打席の人もいろいろアドバイスしてくれたり、激励をしてくれた。しかし、どこに気を付けて打てば良いかが分かっただけでも大きな進歩だ。今後、当分練習場に通ってみようかという気になった。

 

★  12月28日(土)[「水泳納め」・「ゴルフ一考」]

「北の丘プール」が今年の最終日。来年の 3 日まで休みなので、いつもより少し早目に“水泳納め”に行った。このところ体の調子が良く、快適に泳げるのだがスピードが出ない。まあ、それは諦め「手足を動かす」ことを目的にしているが今年は昨年の123回を凌いで139回の年間新記録となった。

1 日最低700 m (正味30分強)をノルマにしているので延べ97km以上ということになる。正に“塵も積もれば山”である。

一方、ゴルフの方は真夏(7・8月)と真冬(12・1・2月)は原則しないことにしているが、今年は40回の予定のうち35回(雨2回・不参加3回)プレーした。平均スコアもこの数年と同様の100超で目標の90台に遥かに及ばなかった。特にドライバーが今の道具と打ち方では距離が出ないとはっきりした。しかし、新たに投資しても改善される保証はない。今の道具にも無理矢理合わせた感もあるので、誰かに比較的新しいモデルを払い下げてもらいそれに合わせる打ち方に変えようと考え、会社で話したら「 S シャフト(硬い)」だがとヨネックスのドライバーが貰えることになった。これで打てるようにして来年は何とかしようと考えている。

 

★  12月27日(金)[「 CIC 納会」・「#29 FA 研究会・忘年会(学士会館)」]

今日は CIC の仕事納め。12時から会議室で恒例の「納会」が行なわれた。

小生は前回出勤日(24日)から始めた最近もらった名刺100枚程度のパソコンに取り込む作業を、今年最後の仕事として午前中で終る予定だったが、思わぬ苦戦をして途中でやめて出席した。

例年どおり皆で和やかに飲んで福引等を楽しみ、来年の創業50周年に向けて大いに気勢を挙げて終了した。2時すぎに終ったが調子に乗って少々飲みすぎ。なおかつ 6 時から神田・学士会館で今年も年 1 回の師走の開催となった、マッキンゼー OB 有志の米国の雑誌 Forein Affairs を読む会、「第29回 FA 研究会」がある。仕事を新年に残すのも悔しいので、酔い覚ましもかね、もう一度「名刺整理」に挑戦することにした。 5 時に完成しスッキリ正気になって神保町に向った。

「 FA 会」は常連16名が参加。(写真参照)いつものように 2 時間ほど幹事の名訳を聞いて議論するのだが、今日は「米国外交戦略のアイロニー」という記事が題材。

小生はいつも“聞き役”であるが、丁度安倍総理の靖国参拝の直後、まさに時宜を得ていた。「世界の人がどのように日本を感ずるか?」が議論の焦点となった。皆さんが博学の人ばかりなので大いに勉強になった。

論文も米国が「大中東」から「東アジア」、それも中国と協力しながらリスク防止をしなければならないという趣旨であった。日本のことは一言しか出てこないのが、世界から見た東アジアの現状を示していると言える。

 

 

★  12月24日(火)[「都響・第九コンサート(上野・東京文化会館)」]

CIC 協賛の東京都交響楽団の第九コンサートは今までは25日と決まっていたが、今年は例外的にクリスマスイブの午後7時から上野の東京文化会館で開かれた。協賛は今年で13回目で我が夫婦は第3回から11回目の参加となる。社長以下役員は入口で招待客を出迎えた後、「役員忘年会」を行なうので、会社側を代表して聴けるのは我々だけというのも毎年の恒例である。

指揮者は現在の首席指揮者で来春「桂冠指揮者」となるエリアフ・インバル氏、1936年イスラエル生まれの指揮者暦50年の巨匠。都響に登壇してからも20年以上になるそうだ。合唱も二期会合唱団で、4人のソリストと共に素晴らしい迫力のある演奏だった。満席の聴衆も大満足で帰りに「良かった・良かった」という声があちこちから聞こえてきた。

これでなんとなく元気が湧いて明るく幸せな気持ちになってくるので、日本では毎年年末に欠かせない演奏となるのだろうと小生は思っていたが、「戦後、楽団員の生活が苦しいとき、チケットが売れるからということで NHK が定着させた」というのが通説らしい。(写真は今年のポスター)

 

 

★  12月23日(月)[「3連休(年賀状・書類整理・水泳)」]

CIC でも今年は数年ぶりに書類整理をしてスッキリしたので、この3連休で自宅でも書類整理をすることにしていた。朝から取組みなんとかやり終えた。

もう一つは年賀状。一昨日名簿の整理からはじめて、去年の方針を踏襲し「身近な人に出す夫婦連名・写真入の年賀状」・「小生名のみの紋きり型」の2種類に分類し、年内投函の第1陣を完成した。後は正月に着順で出すことにした。今日は「女房名の絵入の年賀状」も完成した。昔は年末の大作業だったが、今はパソコンのお陰で楽になった。

水泳も3日連続で行けて今月7日目となった。年間新記録もすでに達成している。今日は終ると北の丘プールのロビーで「イル・カローラ」という市内の混声合唱団がクリスマス・コンサートを開いていたので、少し聴いてから帰った。残念ながら聴衆が少ないのは可哀想だったが、10人位の老若男女が懸命に演奏している姿には感動した。本当に好きなんだなと思うと同時に、あまり機会のないこの辺の子供たちにとっても良い影響を与えることだろう。

 

★  12月22日(日)[「相模中央キリスト教会X’masミサ(中央林間)」]

中央林間に住む女房の88歳の叔母が所属する「日本バプテスト相模中央キリスト教会」でクリスマス礼拝があり、叔母とその長男が聖歌隊で歌うので聴きに行こうと女房に誘われた。

米国駐在中、女房が教会の聖歌隊に入ったので X ’ mas で歌うのを聴きに行ったことがあるが、日本では小学校の時、教会の日曜学校に通う友人に誘われ教会に行って以来の経験である。あまり良い思い出が無かったので、気は進まなかったが他に用事もないし天気も良いので一緒に 出かける ことにした。

キリスト教の宗派のことは良くわからないが、パイプオルガンもある明るい現代的な教会で牧師も若い人だった。信者で満員だったが、我々みたいな部外者も他にもいたのかも知れないが、殆どの人はお互い良く知り合っているようで家族的な雰囲気があった。2時間ほどの聖書や聖歌による儀式のあと、持ち寄ったご馳走でのパーティがあり、その後ビンゴゲームや色んな余興(ピアノ演奏・合唱・腹話術等)で楽しみ3時前に終了した。(写真参照)

帰ってから昨日に引続き水泳にも行け、 明日も含め 年賀状・書類整理等この年末3連休での懸案事項も 一応 予定どおり達成できそうである。

 

★  12月19 日( 木 ) ・20日(金) [「 3木会(新宿・土風炉) 」 ・「Aの会(北上野・豚や) ]

2日連続の「忘年会」。19日は今年最後の「3木会」(大学教養部の月例クラス会)。忘年会も兼ねいつもの新宿・土風炉で行われたので、 CIC の帰りに出席 した。このところ最多の常連ほぼフルメンバーの10名が出席し、賑やかに楽しく飲んだ。

53年前の4月に初めて会いその後、それぞれ違った世界で活躍し今は只の“暇な爺さん”となっているわけだが、それなりに社会を憂いかつ自論を展開する。他愛のない会話の中にお互い自分の立ち位置も確認できる良い仲間である。(写真参照)

20日は鰍bICで10年前、丁度ほぼ同時に入った小生を含む3人を当時15年選手のAさんが“歓迎会”をしてくれたのが発端、気が合ってその後も「Aの会」として他の仲間も入れて楽しく年に数回飲んでいたが、この年末で彼が退職となり最初の4人だけで忘年会兼送別会兼解散会をした。

 

★  12月17 日( 火 )[「 潟Eェッジ・顧問業活動開始 」]

BC として12月1日から“業務提携”した、潟Eェッジ(大手企業向け OA 機器・サービス及び消耗品の直接販売ならびにコンサルタント会社)の「顧問業」を少しずつ開始した。特に昨日・今日は MBI (マッキンゼー研修) OB 仲間でもある谷会長と丸の内・永田町・霞が関の関係先を訪問した。

12月3日に小生として“初陣”を果たし、明日も活動し今年は終了。まずは来年からといったところ。

 

★  12月15日(日)[「次男家(孫娘)との X ’ mas パーティ」]

今年も近くに住む次男家と X ’ mas パーティを我家で行なうことにした。例により朝から女房と部屋の片付けや掃除をして、昼ごろケーキ等の買物に行き受け入れ準備を整えた。

先週飾りつけた入口の X'mas ツリーにイルミネーションを点灯(写真左参照)しサンタクロース姿でもうすぐ4歳になる孫娘を出迎え、最初にプレゼントを渡すのが小生の役割(写真右参照)。

今年はプレゼントも予め注文されたもので、もう“儀式”にも慣れた様子だ。

5人で楽しく夕食をして豪勢で華やかなパーティとなった。夕刻イルミネーションが映えるころ一家は帰り、我家はまた老夫婦2人の通常の生活に戻った。

 

 

★  12月14日(土)[「近隣会改め龍門会(西橋本)」]

今日は 2 ヶ月に 1 度、偶数月に定期的に行うご近所有志の飲み会「近隣会」(小生の呼称)がいつもの西橋本の中華料理屋「龍門」(写真参照)で開かれたので、午後早目に水泳に行ってから出席した。家から20分ほどかけて歩いて行くのだが、6時集合というのに寒い上に真っ暗、本当に年末の会に相応しい。

常連の9人が出席。話題も超ローカルなものから世界情勢までと幅広いのもご近所の仲間ならではのもの。和気藹々と飲んで、この会の名称も正式に「龍門会」とすることも決まった。帰りはお迎えの車が2台来てくれたので、2次会もなく全員寒い中歩かずに家まで帰れた。 

 

★  12月13日(金)[「東京銀杏会ゴルフ(相模 CC )」]

本当は先週で秋の部ゴルフは終了予定だったが、10月に雨で流れた相模 CC での「東京銀杏会」(東大同窓会)があるので今日までに延長し参加した。

定員の4組20人が集まった。キャンセル待ちが6人もいたと聞きビックリした。後で聞くと12月はパーティで名物の美味しい“すき焼き”が食べられるので人気があるのだそうだ。6月に初参加して今回が2度目だが、一緒に回った4人は全て初対面で2人は80歳以上。小生は強風とバンカーとパットに苦労したがほぼ今季の平均スコアで上がれ、前回の散々な出来から少しは脱却でき8位(同ネットは年齢順という本会ルールでは10位)だった。

しかし、84歳の大先輩に常にオーバードライブされるのには参った。改めてみたら年次順では小生は13番目。因みに91歳の最長老は4位だった。カートなしですべて歩きなので驚くばかりだ。(写真はスタート前)

 

 

★  12月11日(水)[「ゴジラ会・麻雀(八重洲)」

日曜日に東大剣道部の先輩から月例麻雀会のメンバーが 1 人欠けたので、付き合ってくれないかと電話があった。仕事で予定があり駄目だと 1 度は断ったが、月曜日に予定が変更になり、昨秋ゴルフの後大敗したときのメンバーでもあるので雪辱を期して、4月のゴジラ会の時に初めて行った八重洲の「秘書室」という雀荘に行くことにした。 1 時開始というので、その前にスーツを作ろうと女房と一緒に東京駅の大丸に行き、昼食を共にして別れた。

 ところが始まるや否や連続でドボンが続き、後は回復だけの苦しい展開となったが終了予定の 8 時すぎには何とか傷は浅くなった。先輩たちなので遅くなるのを恐れていたが、代わりに大敗した 1 番上の先輩が戦意喪失してくれたので予定どおり終了してもらえて良かった。

 

  12月9日(月)[「 L の会・忘年会( 新橋 )」]

11月は飛ばし、忘年会として今日「 L の会」(潟梶[ドテックの月例OB会)が坐和民・銀座土橋店で開かれたので CIC の帰りに出席した。

新橋駅に着くと、日比谷口の“待ち合わせ広場?”にある汽車ポッポがクリスマス仕様にイルミネーションで飾られ、すっかり歳末気分である。(写真参照)6時の時刻を知らせる汽笛を聞きながら店に向かった。

今年前立腺手術をした K 氏がすっかり元気になって参加してくれたので、常連6人でいつものとおり楽しく飲んでしゃべって帰った。

帰り道、渋谷駅のマーク・シティで抽選会場がまだ開いていたので、先日もらった券で引いてみると飴玉1つが当たった。

 

★  1 2 月 6 日( 金 )[「 重工39会ゴルフ ( 東京 CC )」]

今日は12月度の「重工39会(重工東製同期生を中心とした)ゴルフ」が、小生のホームコースの東京 CC( 秦野)で行われたので出席した。

先週に引き続き富士山が綺麗に見える絶好の天気に恵まれ、4組13人で楽しくプレーした。

小生は丁度今期の平均スコアの100超で回ったが、100以上は4人だけで他の人は皆素晴らしい成績だった。特に我が組の3人は共にパットに苦しみ、結果 NET で下位を独占し肩身の狭い思いをした。

今年はもう1回、来週相模 CC の東大銀杏会のコンペで終了。なんとか平均スコアをこれ以上悪化させないようにしたいものだ。東京 CC から往復の宅急便でクラブを送り、ロッカーで3月の春の部開始まで保管してもらうことにした。ただし、1月度「重工39会」だけは丁度10年で100回記念になるということなので特例で出走することにした。(集合写真参照)

 

★ 1 2 月 4 日( 水 )〜 5 日( 木 )[「 淡路島出張⇒家調・橋本組忘年会(橋本) 」]

4日、鰍bICの用件で芳賀社長以下、関西支社社員2名を含み合計7人で淡路島へ出張した。天気にも恵まれ目的も果たし、翌5日は東京組5人で宿泊した南あわじ市の福良漁港で日本丸という帆船に乗って鳴門のうずしお見物(写真右参照)や人形浄瑠璃の観光をしてから、新神戸駅で昼食を兼ねて一杯飲んで新幹線で寝て帰った。

小生は6時から相模原家事調停委員時代の「橋本組」と称して仲の良かったグループと恒例の忘年会をすることになっていたので、橋本駅そばの「徳樹庵」という居酒屋にそのまま直行、さらに近くのカラオケ屋で2次会まで楽しく行ってから夜10時すぎ帰宅した。(写真左はカラオケ屋での5人組)

大いに盛り上がり、年明けには「新年会」もさらに仲間を増やしてやろうということになった。

 

★  1 2 月3日( 火 )[「 TOKYO39会忘年会 ( 自由が丘 )」]

5時半 から自由が丘の割烹磯勢で恒例の「TOKYO39会」(三菱自工本社同期有志の会)の忘年会(年2回の一献の会の1つ)があるので、午後銀座・三越等で私用を済ませてから出席した。故園部元社長夫人を含む13名が集まり楽しく飲んだ。

 全員が近況報告をするが、前回とあまり変わり映えのしないのは小生だけで、久しぶりの出席者や小生にとっては初対面の新メンバーもおり興味深い話がたくさん聞けた。特に東南アジアで1年のうちの大部分を生活をしている変わり種などもいて、人それぞれの生活があるものだと感心する。

 基本的に孫の話と病気の話はしないことにになっているが、頭の毛の話にいつも飛ぶのは仕方がないようだ。(集合写真参照)

 

★  1 2 月 2 日( 月 )[「 憂楽会 ( 日比谷公園・松本楼 )」]

今日は5時半から日比谷公園内の松本楼で3か月に1回の「憂楽会」(大学同期有志15人の会)があるので、鰍bICの帰りに出席した。2人が欠席したが、今回は原子力委員会の会長でもある田中知東京大学教授を招いて「原子力の懸念と解決策」という話を聞きながら懇親を深めた。流石に第一人者だけあり大いに勉強になったし、議論も活発にされレベルの高い会合だった。

  江田五月参議院議員からも最近訪問したのドイツの原発への対応の仕方の紹介もされ、原発への賛否は別として「出口戦略」の重要性について皆で真剣に議論がなされた。(写真は江田君の活動日誌から)

 

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