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               SAKAI だより <11月>

 

 

★11月30日(土)[「松が丘親睦会忘年会(田名・料亭「三代」)」

朝、主治医の定期検診で「インフルエンザ予防接種」をされ、水泳は禁止となった。酒もあまり良くないとのことだったが、夜は忘年会のトップをきって恒例の「松が丘親睦会」(塚場自治会第10班)の忘年会。なるべく少量という条件で許可された。

いつもの国道16号線沿いの料亭が廃業となったので、今年は高田橋そばの料亭「三代」、5時過ぎに町内入口にマイクロバスが迎えに来てくれて6時から始まった。

全55世帯中約27世帯30名が集まり楽しく飲んだ。(写真参照)しかし、年々老齢化し平均年齢が小生ぐらいの老人集団だが、皆元気がよく飲みかつカラオケを歌う。(写真参照)バスで帰り着いてからもいつものメンバーに2次会に誘われたが流石に今日は断って帰宅した。しかし、1年経つのも本当に早いものだ。

 

★  11月29日(金)[「 L の会ゴルフ(東京 CC )」]

6月は雨で中止となったが4月・5月と春には2回した「 L の会」(潟梶[ドテックの OB 会)のゴルフが、秋はメンバーが山登り優先でやっと今日となった。いつもの通り小生のホームコースの東京 CC (秦野)だが、今朝は富士山が良く見えた。

しかしながら小生は CIC の用事が入り、午前中のみの参加となった。素晴らしいゴルフ日和に恵まれ4人で楽しくプレーした。(写真は拡大した絶景の富士山と合成)

小生の成績はあまり良くなかったが、昼食を一緒に食べ小生のみ離脱し風呂に入り2時過ぎのクラブバスで秦野駅経由で上野に向かった。

★  11月24日(日)[「松が丘老人“絆”会(隣家)」]

自治会「松が丘親睦会」の防犯組織(小学校下校時の見守りボランティア)の見直しが必要となり、相談役の小生の出番となっている。10月に60歳以上のリタイア者の居る39世帯(全55世帯中)にアンケート調査をして叩き台原案を作成し、何とか来年3月の総会で決着をつけねばならない。

その前提で先ず希望者のみに限定した「老人会」(言葉が良くないので仮称“きずな会”としているが)を老人相互支援組織として作ったらという長老のご意見もあり、その試し?として今晩お隣の1人暮らしの80歳男性のお宅に酒・つまみを持ち寄り有志数人で集まった。今後2ヶ月(奇数月)に1度メンバーを拡大して定期的に同氏宅で開催することになった。現在11人のほぼ同様のメンバーで2ヶ月(偶数月)に1度、西橋本の中華料理店で「近隣会(小生のみの呼称)」をしているので月に1度ということになる。

防犯もこの「老人会」活動の一環として位置づけ、自治会活動としては行き詰っている現状を自主的ボランティア活動に方向修正し、将来は旅行・趣味の会等へ発展させようというねらいもある。世の中の今後ますます増加する地域老人対策の先駆けになれば何よりである。

★  11月2 3 日( 土 )[「イエルク・デームス ピアノリサイタル ( 駒場:ムジク・ピアフォーヌ )」 ・「東大駒場祭」 ]

このところ 小春日和が続く、今日は東急井之頭線・駒場東大前駅近くにある「ムジク・ピアフォ−ヌ」とういう女房の友人宅のホールで、ピアノの巨匠イエルク・デームス氏のピアノリサイタルが昼の部・夜の部の2回に分けて行われるので両方のチケットを買っておいた。

昼・夜間に 2 時間ほどあるので、その間に女房と東大駒場構内のレストランで食事をしようということにしていた。ところが丁度「東大駒場祭」中とのこと。ではそれにも行ってみようと早目に 2 人で家を出ることにした。

小生は52年前の1961年(教養部 2 年時)、東大駒場祭実行委員会の副委員長として、キャンプファイアー等の野外企画を統括したことがあり、「駒場祭」には想い出が多い。今回が第64回というので第12回ということになるか。寮もなくなり風情は大いに変わったが女房を案内して構内を一巡りした。(写真参照)時計台の 1 号館101号室で女房が所属した柏葉会(混声コーラス)の後輩が「合唱喫茶」を開いていたので、そこで軽食を摂ってからコンサートへ行った。(写真左参照)

昼の部はデームス氏の伴奏で家主とその友人がソプラノ・メゾソプラノの歌曲を演奏した。夜の部との間は予定のレストランは駒場祭で使えないため渋谷まで足をのばし、久しぶり 2 人でボージョレで乾杯をして豪勢な夕食をしてから18時からの夜の部の「ピアノ演奏」を聴きに行った。もうすぐ85歳とのことだったが、やはり素晴らしい音色を聴かせてくれた。昼・夜とも80名位のホールは満席だったが皆大満足の演奏だった。我々も“芸術の秋”を満喫し気持ちよく帰宅した。(写真右はホールと挨拶する出演者)

★  11月21日(木)[11月度「3木会(新宿・土風炉)」]

今日は月曜日から続く連続4日の飲み会の最終日。10月始めから同期会・同窓会・ OB 会・ゴルフ(含む幹事)等で忙しく多少疲れ気味だったが、中でも手間のかかった「中津東大会」も報告書を連絡のついた者全員約90人への発信も終え、次回以降の幹事への引継ぎも終り何となく一息ついた感じだ。

11月度「3木会」(大学教養部月例クラス会)が5時半から、これで3度目となる新宿の「土風炉」で行なわれるので CIC を少し早目に出て出席した。奇しくもボージョレヌーボーの発売日。早速皆で1本とって賞味した。今回も常連者の欠席があり、7人と少なかったが楽しく飲んで帰った。(写真参照)

 

★  11月20日(水)[「陶芸展& MBI 同期会(湘南台)」]

今年も MBI (マッキンゼー研修会)同期生 I 君が代表として開いている「第7回自遊会工房陶芸展」が湘南台文化センターであり、例年どおり終ってから飲もうということで同期生有志が16時半過ぎに現地に集った。

陶芸展の方はテーマを「縄文の美」としているだけあり、縄文式土器を陶芸で再現した作品が主体だった。年々メンバーの技術向上が分かる気がした。(写真右参照)

本番?の飲み会の方は付近の居酒屋で行なったが、正規の「同期会」とそう変わらない9名となったので、今後これを秋の同期会に格上げして参加者も増やそうと衆議一決した。

久しぶりの会員の参加もあり大いに盛り上がった。(写真左参照)

 

★  11月19日(火)[「第22回・松ヶ丘ゴルフ会(大月ガーデン GC )」]

2001年から始め年2回、今回で22回目のご近所自治会の「松ヶ丘ゴルフ会」が,これで3回目の大月ガーデンゴルフクラブで行なわれた。

第17回から小生が万年幹事を引受けている。今回は常連数人が都合で参加できず、最終的に2組7人となってしまったが朝7時に町内入口に集合、2台の車に分乗していった。天気は快晴、最高のゴルフ日和となった。

しかし、極めてトリッキーなコースだけあり小生のような下手は大変。前半4発の OB 。前進4打のリカバリーも全て裏目で60を叩き、後半なんとか頑張り50で上がったが、名人2人を除き皆100以上。それでも笑いの絶えない皆で楽しめるよいゴルフ会である。(写真参照)

風呂に入りロビーで簡単に表彰式をして、帰り着いてから近くの居酒屋に再集合してゆったりパーティを行なった。

★  11月18日(月)[「名古屋39会東京 OB 会(メルパルク東京)」]

年2回の「名古屋39会東京 OB 会」(名古屋での東大同期会に参加したことのある東京在住の OB 会:現在46名)が、今日もいつもの芝公園の「メルパルク東京」であるので CIC を少し早目に出て参加した。

本家の名古屋もそうであるが、しっかりした幹事のお陰と何のしがらみも無いユニークな会なので参加者が多い。今回も32名と過去最多の出席者だった。今回もクルーズで世界一周旅行をしてきた人や、小生も加入している NPO 法人「江戸城天守を再建する会」の紹介など話題も豊富である。最近は始まる前に囲碁会も開かれているらしい。

勿論ゴルフ会は年2回別途定例会を開いているのは既に何度も書いてあるとおりである。小生の役割は終った後の「集合写真係」で定着しているようだ。(写真参照)

★11月17日(日)[「和田薫和会(有楽町)」]

 今日は素晴らしい“小春日和”。毎年恒例の和田薫和会総会がいつものアサヒスーパードライ・有楽町店で行われたので、少し早く出て久しぶり「銀ブラ」気分を味わいながら出席した。

「薫和会」は郷里中津市の生んだ実業家和田豊治先生の基金による奨学金団体「薫幸会」から奨学金を学生時代頂いた者の謝恩の会で、総会は和田家関係者を招待しかつ現役の奨学生(中津南高校出身の大学生8名)を励ます会である。

今日の出席は、和田家11人に対し、会員は150名ぐらいのはずだが6名、学生も半分の4名と皆趣旨を理解しているのかと疑いたくなる。今日も出席の前田元みずほ銀行社長等とささやかながら恩返しができればと考えている。「就活」の始まった3年生2人に特別に秘策?を授け気持ちよく帰った。

★11月1 3 日( 水 )[「 家調・相模原支部ゴルフ ( 川崎国際生田緑地ゴルフ場) 」]

年2回の家調相模原支部のゴルフが、川崎国際生田緑地ゴルフ場で行われた。

OB として参加させてくれるので喜んで参加した。今回は参加者が少なく通常6組が 4 組13人、 OB も 2 人だけだった。

 しかし、素晴らしい天気に恵まれ気持ち良くプレーしたが、スコアの方はショートホールでバンカーから出ずギブアップするなど今季最悪。それでも何とか BB にもならずに済んだのはコースが難しいせいだろう。またゴルフ場の運営が川崎市から東急リゾートに変わったとは聞いていたが、クラブハウスが新しくなり見違えるように諸施設も素晴らしい変身を遂げていた。(写真は新しいクラブハウス)

 明後日(15日)のゴルフ( TOKYO 39会)のため東京 CC にバックを送り、パーティを終わり帰ろうとするところに、親戚の訃報が入り当日が葬儀と重なったため出場を取止めることにし既に送った 宅急便も劇的に取り戻すことが出来 て良かった 。

★11月1 2 日( 火 )[「 中津東大会 ( 東大伊藤国際学術研究センター 」]

13年ぶりに大分県立中津南高校から東大入学者が出たので、10年ぶりに「中津東大会」(中津南・北高合同)を開くことになり、小生が幹事をすることは 6 月に書いたが、その後名簿整備等を行い明日の全国市長会に出席する会員の新貝中津市長の上京日程に併せ今日午後 6 時から、本郷の東大伊藤国際学術センター内のファカリティルームでおこなった。

 会員総員123名(南74名・北49名)のうち物故者13名、消息の掴めない者を15名までに詰め、当初の出席予定者は保留込で39名となったが、ドタキャン等も含め最終的に32名が出席した。(集合写真参照)

 小生が米国にいた1992年に結成され今回で10回目だそうだ。それで小生は東京に戻った2000 年・2003年に続いて 3 回目ということになる。

しかし、出席者はそれでも過去最高とのこと、先輩がたに大変喜ばれ苦労も報いられた。懇親会での3分間スピーチで全員が話して丁度時間内で終了した。

 世代も違い初対面者も多い中、流石同郷のよしみで和気藹々と盛り上がって終了した。

 次回から25回生(59歳)が幹事となり、新入生がいなくても毎年開こうと衆議一決し解散した。しかし、終わってなお市長も含め有志14〜5人で2次会 を近くの居酒屋でして帰った。

★11月11日(月)[「川崎・五輪会ゴルフ(富士グリーンヒルCC)」]

 年に2回の「川崎五輪会(三菱自工・川崎の同期入社者)ゴルフ」が富士グリーンヒルGCで開かれたので参加した。近くに住む同期のY君が7時前に自宅まで迎えに来てくれてドア to ドアで行けるうえに、道志川ぞいの紅葉映える景色のよい山道を通り山中湖畔を抜けて行くルートなので最高の観光気分で行ける。(帰りは真っ暗で家に着くまで小生はひたすら睡眠だったが)天気も富士山が見えるような快晴ではなかったが、時折青空も見える絶好のゴルフ日和。ただし、少々寒く冬バージョンのウェアが必要だった。

4組11人が集まり楽しくプレーした。(写真参照)小生はロング H で先週の8・9病から抜け出せず9位とスコアはよくなかったが、名手ぞろいのメンバーで100以上が7人もいたのはコースが難しかったのか、歳のせいか。まあ、元気で楽しく遊べているのが最高なのかもしれない。

★11月5日(火)〜8日(金)[「いちまる会全国同窓会(前夜祭・ゴルフ・懇親会・臼杵バスツアー))」]

中津南高第10回生「いちまる会」全国同窓会は、現地幹事組と翌日ゴルフ組との“前夜祭”から始まった。鱧料理で有名な「瑠璃京」という料亭に男12人・女10人の22人が18時に集合し楽しく飲んだ。ゴルフ組のうち数人は今日も別府で前座をやってきたとのこと。大いに盛上がって、それでも明日があるので適度にして解散した。

翌日(6日)は「中津カントリークラブ」に3組12人が7時30分集合、1人は前日腰をいため棄権したが11人で8時スタートでプレーした。天気は快晴で素晴らしいゴルフ日和となった。(写真参照)小生はいつもどおりの100超の成績だったがダブルペリアで9位となった。ロング4Hのうち3Hでの2打目のOBが痛かった。しかしグロスでは中位の成績で内容もまずまず、楽しい1日となった。(スタート時写真参照)

風呂に入っても15時受付開始の懇親会に悠々間に会うのも中津の良いところだ。75人が全国から集り18時から大懇親会が駅そばの「ヴィラルーチェ」という新しい会場で盛大に行なわれた。(集合写真参照)

あっという間に終わりに近づき、校歌を大合唱して解散。 2 〜3組に別れカラオケ付2次会に繰り出した。小生は幹事団の用意したマイクロバス組で最初の2次会のスナックへ行き20人弱で楽しく飲んで、さらに呼び出しが掛かった居酒屋へ行き男女10人くらいで3次会をした。最後ホテルに帰ると12時近くになっていたようだ。

翌朝(7日)は中津駅前に8時半集合。臼杵観光(石仏・フグ料理・市内散策)のバスツアーに参加した。マイクロバス1台と乗用車1台で25人が参加楽しく観光して、最後11人は別府の「冨士観光ホテル」に宿泊し温泉と宴会・2次会を楽しんで翌朝(8日)解散した。(写真は臼杵の石仏)

小生は1人だけ大分空港からシルバー割引の飛行機で昼過ぎに無事羽田空港に帰り着いた。こうして天気にも恵まれ約1週間にわたる楽しい郷里大分県での法事・耶馬溪観光・同窓会旅行は終了した。

★  11月3日(日)〜5日(火)[「中津(母7回忌・耶馬溪観光))」]

11月6日(水)に大分県立中津南高校第10回卒業生「いちまる会」の第21回全国同窓会が15年ぶりに地元中津市で開かれるのに併せ、母の7回忌を菩提寺の「安全寺」で行なうことにして、女房と3日羽田空港から北九州空港経由で中津に向った。

母の命日は3月6日だが、これまで女房は夏休み・正月・法事等で夏と冬にしか中津に行ったことがなく、紅葉の秋の耶馬溪を見たことが無いというので大幅に早めたもの。頼んでいた義兄が7月に急逝したので今回はすべて住職に直接電話で教えてもらいながら自分でとり行った。

というが在中津の甥一家3人と我々の5人で極めて小規模に、前後に境内にある墓参りをして、読経はお寺の本堂でお願いし(写真右参照)、市内の料亭で宴席を持っただけ。住職は堺家一族だけでなく、宗派の違う義兄家の分までお経を上げてくれた。

終って甥の実家に行き、兄姉の仏壇と近くにある墓にお参りし一連の仏事は1日がかりで無事終了した。

翌日(5日)の耶馬溪観光も義兄が張切って引受けてくれていたのだが、急遽大分始発の観光バスに変更。中津駅から乗降して、青の洞門〜羅漢寺〜深耶馬渓(一見八景)を観光した。紅葉には少し早いかなと思ったが好天気に恵まれバスガイドは最高に近いと説明していた。ただ昔と比べ木々が生茂り、頼山陽が感嘆した耶馬渓特有の奇岩群が見えにくくなったといわれればその通りだった。(写真左参照)

 女房も大いに満足したようだったが、婚約時に案内した時はすんなり登れた羅漢寺で、その後ロープウェイが出来たのにも拘わらず境内まで上がるのに苦戦した様子だった。それで夜の同窓会・前夜祭の料亭での、中津名物鱧料理の夕食も辞退しホテルで静養。翌朝、早くからゴルフの小生と別れ予定通り1人新幹線で帰宅した。

★  11月1日(金)[「重工39会ゴルフ(東京CC)」]

今日は「重工39会(三菱重工。東製同期入社者を中心とした月例)ゴルフ 会」が、ホームコースの東京CC(秦野)であったので出席した。

絶好の秋晴れの天気のもと4組13人(写真)で楽しくプレーした。小生は前半49と50を切ったが、全体で丁度100.NETで 6 位となったが、内容はまずまずだった。この会の組合せは原則前回のNETの順位順で決められるが、今回度重なる変更で、小生は 1 番の実力者組に入れられたのが良かったようだ。

   
 
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