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               SAKAI だより <1月・12月

   

★ 1月 31 日( 木 ) [ 「 月末雑感 ( 多忙・風邪気味・読書・ナンプレ・減量 ) ]

 長男家との賑やかで楽しい正月で始まった1月もあっという間に終わった感じだ。忙しかったが、よく考えると殆どOB会関連。まずは高校の「いちまる会関東新年会」、大学は「赤門剣友会新年会」・「東京銀杏会(二水会・BH会・幹事会・新年会・鐡楽会」・「3木会」・「憂楽会」、会社は「鰍bIC年始挨拶」・「Lの会」、家事調停協会は「鎌倉街道を歩く会」・「橋本賑い座」、MBIが「サロン」etc.で計14日。

その他はKU−MA(JAXA)関連の「大人の宇宙学校」で2日。病院関連が4日、葬儀2日、知人等の会合2日といった具合だ。

 途中風邪気味で水泳の自重期間もあり、「水泳」も昨年の同月比5日減の9日。「MY−BODY」(ジム)2日、「ARKHL」も5日とやや低調だった。まあ、読書で「アジアの終わり」を興味深く完読できたのと、「ナンプレ(数独)」が100円ショップで買い溜めてある12冊中の第8冊目の「超上級編」(写真参照)に入ったことぐらいが“成果”の月であった。

 減量も今日現在なんとか70Kg近くにに戻すことに成功。2月は心機一転頑張ろう。

★ 1月 30 日( 水 )  [ 「 東京銀杏会・第5回鐵楽会 ( 神奈川東部方面線建設現場見学&懇親会 )」 ]

 昨年10/26に第4回が行われた東京銀杏会(東大の東京地区同窓会)の「鐵楽<テツガク>会」。3ヶ月ぶりに第5回が、相鉄・JR及び相鉄・東急直通線(神奈川東部方面線と呼ぶ)の建設現場の見学会として今日行われた。

 前者は今年下期、後者は3年後の下期に開業予定。走る車両は前回の椛麹車両製作所(金沢八景)で見せてもらったばかり。約20人が日吉駅に13時半に集合、東急・相鉄の社員から概要の講義を受けた後、作業服・ヘルメット・長靴の重装備で、まず日吉駅周辺の東急線との合流地点を見学。

 東急が用意してくれた専用バスで「新横浜駅」前の新駅を見た。地中に 4階建ての駅ビルが建設されているのに驚いた。(写真右参照)

 最後に相鉄西谷駅から別れ、すでに出来上がっていてJR東海道貨物線に乗り入れる分岐点でもある「羽沢横浜国大駅」を見学して終わった。 大都会の中で現状を完全に維持しながらの大工事には感動した。人間とはとてつもない事をするものだと思うとともに、まだ日本も発展してるなと実感した。

 予定より30分ほど、ずれ込んだが5時半ごろ横浜駅まで専用バスで送ってもらい。相鉄ジョイナスの中にある「銀座ライオン」で打上・懇親会を和やかにして帰った。

★ 1 月 29 日( 火 )  [ 「 中津南高いちまる会・関東新年会(市川) 」]

 今年も12時半からJR市川駅そばの「山崎製パン年金会館」で、中津南高校第10回生の同期会「いちまる会」の関東新年会があった。

 幹事(招集)でもあるし、12時に改札口で案内することになっていたので、9時前に家を出てバス停まで歩き、向かったら11時前に市川駅に着いた。

 ただ、天気は良かったが風が強く寒いのには参った。出席予定者16人(男性10人・女性6人)も全員無事到着、楽しく新年会を行うことが出来た。

 12時半から15時ごろまで2階の個室で宴会。15時から17時過ぎまで、地下のカラオケ室で2次会。山崎パンのお土産を一杯頂いて解散した。

 2次会では各自の近況報告をし、カラオケをしたが歌うのは数人。やはり80才の集団には不向きだったようだ。最後にコーラスをしている女性2人がアカペラで滝廉太郎の「花」を歌ってくれたので何とか形がついたが、幹事の小生は慣れない器械の操作と、下手な歌を繋ぎに沢山歌わされくたびれ果てた、来年はカラオケは止めた方が良さそうだ。(2次会風景写真参照)

 終って帰り道、同方向の数人でもう一杯と喫茶店に入ると偶然女性群と遭遇、またしても有志9人で楽しく談笑して6時過ぎ市川駅から帰宅した。

★  1月2 8 日( 月 ) [「 確定申告 ( 相模原税務署 )」 ・「仁愛会歯科・日吉クリニック」・「甥との会食(日吉)」・「水泳・体重」  ] 

 東京医科歯科大病院内で、「インプラント科」から「むし歯科」に紹介され、“歯周病”の治療をすることになっているが、昨年10月末に「総合診療科」で検査をされたあと、治療日程が郵送されることになっていたが待てど暮らせど“なしの礫”。超混み合っているとは聞いてはいるが、最近硬いものを食べると少し違和感があるので、先日のインプラント科の検診で「掛かりつけの歯科で診てもらっても良いか」と相談したら、「プッシュはしてみるが、その方が良いかも」との事。それで、日吉の「仁愛会歯科」に電話して今日4時に予約をとった。

 ところが、東京医科歯科からも2月20日診療のハガキが着いた。それも含めてどうするかとの診療にしてもらうことにして、朝一番で相模原税務署に「確定申告」を提出に行った。まだ期間前だが「還付金」のある場合は事前受付をしてくれる。空いていてアッという間に終わった。帰ってそのまま水泳に行き昼食を食べ直ぐに日吉へと忙しい1日となった。

 「仁愛会歯科・日吉クリニック」では「うちで診ましょう」と早速歯のクリーニングをしてくれ、2月初旬から治療に入ることになった。20日に東京医科歯科大で良い報告ができれば最高であるが、果たしてどうなるか。(写真は日吉駅前の「仁愛会歯科」)

 丁度よいので、元住吉の「ダイムラー」(ブランド名 :三菱ふそうトラック・バス) に務める甥を日吉に呼び出し、夜「高級イタリアン料理店」?で会食した。減量中で、増えた3 Kgの半分を回復したところなので、小生はなるべく「飲まず食わず」の努力をしたら翌朝は微減。「水泳」の効果もあってのことだが、明日を乗り切れば70Kg復帰も見えてきそうだ。

★ 1月27日(日) [「メサイアを歌う会(上野・東京文化会館)」・「 ARKHL」・「上野公園散策」  ] 

今日は昨年女房が昔の友人たちに誘われてデヴューした、「Sing i n  Messiah2019」(音のきずなメサイア)が上野の東京文化会館(小ホール)で開かれる。

昨年は丁度 彼女の 誕生日 の翌日だった ので、上野のホテルに前 泊 して前夜に「上野精養軒」で誕生祝いをしたが、今回は日帰りで エスコートだけで充分 というので、10時半の開館・受付に間に合うように小生が付き添いで 、 朝 一緒に タクシーで家を出て東京文化会館に送った。11時〜12時半までは練習、13時から16時半までが本番との事。

その間小生は暇、上野公園内で時間をつぶすには寒いし、 これはという イベントもない。そのまま「ARKHL」(赤坂)に行って、“執務(PC・読書・ナンプレ等)”をし、16時半 頃 に上野に迎えに行 くことにした 。

日曜日の「ARKHL]体験は初めてだったが、エレベーターはパスを持ってなければ乗れないのに、部屋はほぼ満員でそれも若い人ばかりなので驚いた。3時前についに「アジアの終わり」(マイケル・オースリン著)を読み終わったので早目に上野に戻り、「上野公園」をウォーキングした。

昨年の大河ドラマの主役、西郷どんの銅像(写真参照)を改めてじっくり見たりしながら、今日も 1万歩を確保した 。

メサイアは 昨年同様、 八尋和美指揮、ソプラノ三塚直美、アルト小川明子、テノール大島博、バリトン田代和久のソリストを交え、東京バッハ・カンタータ・アンサンブルのオーケストラで全国各地から約600名の同好の 志 が集まって歌うという大がかりなもの だった らしい。 来年は2月9日、 会費の剰余金は東 日本 大震災の被災地に寄付するとの事。 帰り新宿の感じの良いレストランで   豪華な夕食をして帰った。

★ 1月 25 日( 金 ) ・26日(土) [「 水泳再開(北の丘プール) 」 ・「確定申告作成開始(自宅)」・ 「KU−MA“おとなの宇宙の学校in国分寺#1”(国立) 」 ]

  新年会というか飲み会が、24日で一息ついた。年末に73Kgに達し、なんとか70Kgに戻した体重がまた元に 戻ってしまった。振幅3Kgである。

 25日は忙しさと風邪で遠のいていた水泳に、何はともあれ11日以降2 週間ぶりに行くことにし、女房の所用や買物に付き合ったあと夜遅くなったが北の丘プールに行った。帰って、「平成30年度確定申告」の作成にとりかかった。毎年のことながら「国税庁」の作成コーナーのお世話になるが、深夜までかかって何とか形になった。

 26日は、先に四谷小学校で受けたNPO法人「KU−MA(子ども・宇宙・未来の会)](JAXA関連だが登記上の所在地は我家)の“おとなの宇宙学校”の『国分寺』版にも出席することにし、その第1回が国分寺市ひかりプラザで10時〜正午まであるので、朝早くでて最寄りの中央線・国立駅に行った。

 国分寺市は、国立極地研究所(南極・北極科学館)等あり、天文・極地研究の拠点とのことで、市の教育委員会が主催し、KUーMAが運営を任されてこの3回シリーズの学校が開かれたようだ。

 南極観測隊長も務められた橋田元氏(国立極地研究所准教授)による「宇宙に最も近い?場所、南極」という講話が中心。今まで 2 回聴いた『四谷』の天文学の話と違い、南極観測・越冬隊の話で解り易く面白かった。

 出席者は20人で、最後に教材の天体望遠鏡の組立実習をして終わった。(写真参照)

 第2回目の研究所・科学館の見学は日程が重なり出られないので、両方ともあと 1 回ずつである。

 帰って、昨日に続き今月7回目の水泳に行き、夜は「確定申告」を完成させた。来週、例年どおり混雑をさけて“事前提出”に行くことにするか。

★ 1月 23 日( 水 ) ・24日(木) [「 中津地区経済活性化プロジェクト#4(丸の内・国際会館) 」 ・「ご近所通夜・告別式(南橋本)」・ 「1月度・Lの会(新橋) 」 ]

 名称に若干違和感があるが、取敢えず旗揚げした「郷里・中津の発展を考える会」。昨年8・9・10月と3 回“5人の発起人会”を持ったが、その後の各人の活動報告等を中心に 今年初の第4回目の会合を、23日2時から国際会館(丸の内:写真参照)にある「三菱商事OB談話室」で持った。

 目的ははっきりしているのだが、取組みはまだ入口の前といったところ。まあ、サロン風に集まってしゃべっているうちに方向も定まるだろう。取敢えず会に相応しい名称・組織等を定めようということで4時ごろ解散した。

 終って小生はご近所自治会「松が丘親睦会」のメンバーの通夜が近くの南橋本駅そばの葬儀場で18時から行われるので、電車で直接向かった。

享年89歳。元自衛官で叙勲も受けられた姿勢の正しい立派な方だった。合掌

 小生は翌日(24日)の「告別式」にも列席した後、17時から新橋の坐和民・銀座土橋店で恒例の「Lの会」(潟梶[ドテックの幹部OB会)があるので、家に帰って服を着替えて出かけた。こちらは常連5 人のうち1人がドタキャンとなったが、4人で例によって楽しく飲んで帰った。

★ 1月 22日(火) [ 「女房iPhone契約見直し(橋本・アリオ)」・ 「第3 8 回憂楽会(日比谷公園内・松本楼)」 ]

今日 は年3回ほど開かれる、大学同期有志17人限定の会「憂楽会」がいつもの日比谷公園内・松本楼で17時半から開かれ る ので、午前中 ARKHLに行って から 出席するつもりでいた 。

 ところが朝起きて急遽、ショッピングモール「アリオ」(橋本)で女房と買物方々、懸案の所用を達してから直接、日比谷公園に行くことに変更した。

 特に購入後2年経過した女房のiPhoneの契約見直しをしてもらったら、従来の契約時ミスと実際の使用状況に合せ月約3,500円のコストダウンとなったのは良かった。

 終って余裕をもって家を出ると日比谷公園に1時間以上早く着いた。天気も良いしこのところの運動不足&減量を兼ねてウォーキング。夕刻の日比谷公園風景をゆっくり楽しんだ。(写真は大噴水から日比谷公会堂方面を臨む)

「憂楽会」は1人を除くほぼフルメンバー16人が出席した。というのも今回はメインスピーカーは、日中経済協会専務理事の杉田定大氏(元通産省・現東京工大特任教授・早稲田大学客員教授)をお呼びし、「今後の日本と中国の経済関係」の話が聴けるからだ。正に時宜を得たテーマだった。

 実際、「米中経済冷戦を見通す」という素晴らしい資料に基づき日中関連の最新情報を提供・説明して頂いた。これをもとに論客ぞろいのコメントも大変面白かった。フルコースの料理と併せ全員満ち足りた雰囲気で楽しく解散した。

★ 1月 21 ( 月 )  [ 「ドアクローザー取付工事(居間出入口)」・ 「 東京銀杏会新年会&2次会 (新橋・第一ホテル東京 &銀座ライオン ) 」 ]

 今日は恒例の 東京銀杏会 (東大の東京地区同窓会) の新年会が 新橋の第一ホテル東京で18時から開かれ、幹事は17時集合とのこと。

 その前に、最近の我家の夫婦喧嘩の最大の種だった 『居間のドアの出入口の開け閉め』。今冬になって特に女房が“寒い”と言って、極端に神経質になった。頭に来て強く締めるので当然音がでる。“耳が痛い”と来る。

 なにか、いい方法はないかと考えたら事務所等にある「ドアクローザー」の家庭用がある。ホームセンターで頼んだら、先週下見をしてくれて今日取付工事をしてくれることになった。(取付後写真左参照)

 これで、当分我家も平穏になるが、早くも夏はどうなるか「解放して置きたい」と言う女房に“暑い”&“閉めろ”と言い返せるか?。お楽しみである。

 工事もそこそこに小生は、新橋に向かった。

 5時に着き、会費集め受付をした。100人近くが出席なので、ピーク時は大変だった。結果、ピッタリ合い小生の“緻密”な一面をアッピール出来た。

 総会に引続き・新入会員・招待の留学生の紹介があり、アトラクションとして春風亭昇吉という東大出初の落語家の寄席(写真右参照)があり、最後に 現役応援部員の気合いの入った リードで 応援歌を高らかに歌って お開きとなった。  終って 役員は例により、留学生 ・応援団員 を入れ 20 名ぐらいで 近くの新橋の「銀座 ライオン」で2次会 をした 。10時近くまで飲み、夜遅く12 時近くになって最終深夜バスで家に帰り着いた。

★ 1月1 9 日( 土 ) ・20日(日) [「 風邪気味・水泳自粛 」 ・「知人と会食(橋本)」・ 「次男家と会食(相模原) 」 ]

 忙しく過ごしてやっと週末という感じ。各種「幹事業」の連絡事項も溜まってしまっている。土・日でと思っていたが、金曜の夜寝たらまた「水平病」でのどの調子がおかしくなり、セキ・痰に悩まされた。インフルエンザもはやっているというので、早目にと思い土曜の午前中掛かりつけの耳鼻科へ行くと「インフルではなくていつものですね。」ということでいつもの薬を出してくれた。

 4時から昨日と同じ橋本MEWE5階の「寿し常」で予てから約束の会食、時間はあったが流石に水泳は自粛して出かけた。幸い垂直状態では健康そのもの、3人で大いに楽しく飲んでしゃべって帰った。

 今日の日曜日は、10時半に相模原に住む次男家が嫁の風邪も治り、孫娘(小3)のピアノ・レッスンも兼ねて一家で元気一杯やってきた。

 終って急遽、昼食を一緒にすることになりご近所知人推薦の相模原の「回転寿し」屋に初めて行った。

“口コミ”は確かに正しく、今までの回転すし屋より寿しらしい?ものだった。5皿に1チャンスの景品に外れてガッカリする孫を見なくても済むのも良い。

 小生は3日連続の「寿司屋」、アジフライをメインにして体重調整も図った。帰りスーパーによって買物の途中で“睡魔”がきた。帰り着くや否やベッドに入り、7時ごろまで熟睡した。あとは「大河ドラマ」等を見ながら幹事業の諸連絡を深夜までかかって完結させた。やはり疲労が貯まっていたようだ。(写真は新開発の「がってん寿し」)

★  1月1 8 日( 金 )[「 孫娘父兄参観 ( 相模原 )」 ・ 「第22回橋本賑い坐 ( MEWE 橋本 ・寿し常)」 ]

 一昨日、相模原に住む次男家から「嫁が風邪を引いて、孫娘(小3)の授業参観にいけなくなったので、じいじが代わりに行ってくれないか」と頼まれた。それではと喜んで引き受けた。

 昨日と今日と2日間に亘り、8時50分から3時までいつでも良いとのこと。我々の頃と変ったものだ。今日、朝一番で行き1時限目の「英語」の授業と、2時限目の「社会」の授業を参観できた。

 特に小学生の英語の授業が面白かった。ネイティブの外国人の講師と、担任の若い男の先生の息もピッタリ合って活気のあるものだった。「Moth(蛾)」と「Mouth(口)」の発音の違いなど、日本人の先生には無理だろう。子供たちはいとも簡単に真似をして修正できるのだからスゴイものだと感心した。

 帰っていつもどおり町田の絵画教室に行く女房とタクシーで橋本駅に行き、そのまま橋本駅そばのMEWE5階の寿司屋で12時から開かれる第22回「橋本賑い座」に参加した。

 この会は相模原家事調停協会の現役・OB・OGの有志で2〜3ヶ月に一度開く昼食会で、小生が“呼び集め幹事”である。男性5人・女性4人の計9人と新年会にしては少なかったが、久しぶりの人も多く楽しく飲んでしゃべって解散した。(帰りの集合写真参照)

★ 1月1 7 日( 木 )[「 順天堂大学病院・整形外科スポーツ診療科 ( お茶の水 )」 ・「1月度・3木会(新宿)」 ] 

女房は膝が悪いのに「同じことしか言われない」と、名うての病院嫌い。ところが、正月の一族の新年会でサッカーをやっている甥から、順天堂大学病院の整形外科スポーツ診療科の話を聴き、俄然行く気になったようだ。

近くの整形外科で「紹介状」を書いてもらい行きたいという。インターネットで調べ事前申し込みをして、小生が昨日東京医科歯科に行ったついでに下見までして、今日ぶっつけ本番で2人で行ってみることにした。

結果、家を9時過ぎに出て午後の部の受付けを11時半に終わらせ17時ごろまでかかって“初診”は終了した。とにかくサポーターやお灸等の自己流療法から脱してくれただけでも喜ばしい。

終って、小生は月例の新宿駅西口の居酒屋・土風炉での1月度 「3木会(大学教養部月例クラス会)」 に少し遅れて参加。女房は新宿で「クラス会」幹事の下見を兼ねてご馳走を食べながら小生の終わりを待ち、橋本に一緒に帰ることにした。

「3木会」は常連メンバーの1人の都合に併せ、来月から「2木会」に名称を変更の上、開催日を変更することにした。これを機会に参加者が増加することも期待したい。常連6人が集まりいつものとおり楽しく飲みかつしゃべって8時前解散した。永い一日だった。(写真参照)

★ 1月16日(水)[「平成30年度第4回東京銀杏会・幹事会(六本木一丁目)」

今日は、10時半に東京医科歯科大学・歯学部付属病院でインプラントの検診があるので、お茶の水経由でARKHL(赤坂)に出勤した。

18時から、すぐそばの六本木一丁目の駅上にある「泉ガーデンレジデンス」で平成30年度最後の第4回東京銀杏会幹事会があるので、昼食後ゆっくり落着いて執務(パソコン・読書等)ができた。ただ“居眠り”の比率も高かった。

幹事55人中、21人が出席。恒例の事業内容等を熱心に討議した。今回 も スムーズに進行し、いつものとおり有志1 6 人で近くのイタリアンレストランで和やかに2次会をして夜遅く帰った。 (写真参照)

★ 1月15日(火)[「叔母告別式(中央林間)」 ] 

今日は夜7時から、去る11日に亡くなった女房の叔母の「告別式」が、中央林間にある日本バプテスト相模中央教会(写真参照)であるので夫婦で列席した。通夜だと思い込んでいたらキリスト教の場合、明日は「出棺式」ということで今日がメインだそうだ。

親族も多かったが、教会の信者さん達が沢山出席して礼拝堂が満席の大葬儀だった。子供(従兄弟)たちまでは知っているが、孫・曾孫と集まると本当に大家族なので驚いた。享年9 2 歳 、 まさに天国の主に召されたような大往生 である 。アーメン。

★ 1月 13 日( 日 ) ・14日(月) [ 「北公園(蝋梅)」・「KU−MAおとなの『宇宙の学校』#2 ( 新宿区立四谷小学校 )」 ] 

昨日(13日)は暖かい快晴日。女房が近くの北公園の梅園の蝋梅を見たいというので、午後買物ついでに2 人で見に行った。

すでに先月から咲いていたのでどうかなと思っていたが、まさに全てが咲きほこって満開の状態だった。 それどころか100本あるという梅の木の数本は、早咲きの白梅を咲かせており、これからが「梅園」の本番だなという感じだった。(写真左参照)

 今日(14日)はこれも12月の第1回に参加した、 我家が“本籍地”となっているNPO法人「KU−MA(子ども・宇宙・未来の会)」<JAXA関連>の10周年記念事業、『宇宙への大きな夢』の第2回が、同じ四谷小学校で13時半から開催されたので参加した。

“KU−MAおとなの「宇宙学校」”と称し、講演とトークセッション、宇宙教育教材の紹介を組合せた3回シリーズ。

今回は「重力波と宇宙」という演題で、講師は国立天文台名誉教授の藤本眞克氏。スタッフ数名を含め60人以上も参加していた。(右ポスター参照)

アインシュタインが100年前に「相対性原理」の中で存在を予言した“重力波”は2015年に初めて観測されたとのこと。宇宙の起源も解明できる天文学の新しい観測手段として、今後大いに期待されることは分かったが、話の内容は7〜8割方難しくて解らなかった。終わってトーク、KU−MAの活動の紹介等があり4時ころ終了した。

最後の2月は「太陽系大航海時代に向けて」は解り易いかもしれないし懇親会もあるとのこと。 年を取ると今更憶えることもないので、解らない話を聴くのも楽しいものだ。もう一頑張りしよう。

★ 1月 12 日(土)[「赤門剣友会新年会(本郷)」 ・「 BH 会(自由が丘)」 ]               

今日 も 恒例の赤門剣友会(東大剣道部 OB 会)唯一の公式行事である「新年会」が、今年も13時から東大構内・三四郎池上の山上会館で行われた。

 11時から東大道場「七徳堂」で稽古会(記念写真左参照)があり、4年生全員と3年生以下の有志学生約20人を含め8〜9割は稽古後参加の総計100人近くの出席者。最年長は昭和35年卒で39年卒の小生は上位から 3 番目 位 となる。

 稽古をせずに参加の我々は若干肩身のせまい思いがするが、常連の主要な OB は皆出席しており和やかに歓談できた。

 最後にいつもどおり現役学生幹部の紹介があったが、 OB 会の新入会員でもある4年生の卒業生は1 5 人もいた。ただ し 、 最近、 就職し社会人になる者より、大学院等大学に残る者の方が多い が、今年は割と官庁・企業等に就職する者が多かった 。(写真参照) 

 終って 、小生は「 ARKHL 」(赤坂)に寄って酔い覚まし方々読書をしてから、 いつも第2土曜日の17時半から自由が丘で開かれている東京銀杏会(東大の東京地区同窓会)の目黒懇話会(自由が丘:小生自称「BH会」)に向かった。

 ブルー・ヘブン(BH)というクラブで、カラオケ・酒・雑談を楽しむ会だが、 13人程度で満員となる 。 最近、希望者が増えたので新規メンバーは“空席待ち”となる。

 先月、鎌倉街道を歩いた後、つい忘れて仲間と本郷台駅から茅ヶ崎経由で相模線で橋本まで帰ってしまい、「無断欠席」となり大ひんしゅくを買ったので是非ともと思い出席にしたもの。今日も渋谷駅で乗換えにもたもたして時間ギリギリに入ったら全員すでに勢揃いしていた。 最後にいつも通り東大応援歌「ただ一つ」の全員合唱 で楽しく締めてお開きとなった 。

★ 1月 10 日( 木 ) [ 「1月度・ MBIサロン(六本木) 」 ]

今日は 昨年 4 月に引続き、 9ヶ月 ぶりに六本木・ステラハウスの「MBI ( マッキンゼー研修OB会)サロン」に出席した。 ステラハウスにはMBI同期の会で11月に行ったのでそんなにご無沙汰している感じはしなかったが・・・。

 しかも、今回も学士会の「平成31 年新春講演会」(講師・堺谷太一氏)に参加予定だったが、講師がインフルエンザで急遽中止となったため期せずして出席可能となったもの。最近では珍しく常連が10人も出席していた。

いつものようにマロミままさんの手造りのご馳走と美味しいワインで、体重の増加を気にしながら楽しく しゃべりかつ 飲んだ。

「経団連」の新年会から駆けつけた人がいて、その続きで日産のカルロス・ゴーンさんも話題の種となった。国際問題でもあるし、日本人と考え方の相違もある。かつ一般国民に実害があったわけでもない。連日の報道にも飽き飽きする。早く穏便に片付けて欲しいものだ。(写真参照)

★ 1月 9 日(水) [ 「1月度・二水会」 ]

 12時から月 例 の「東京銀杏会虎の門昼食会(二水会)」が新橋の新橋亭で開かれるので、 新橋 に 早目に行き例により 1000円床屋で散髪してもらってから出席した。 

 今回のメインスピーカーは官界から民間に移り、経営者として創業家の会社の立て直しに成功したK氏(S41経卒)ということもあってか、過去最多?の46人もの出席者。どうも、人が人を呼ぶ形で発展一途のイベントとなりつつある。(写真参照)

 経営者としての、最も基本的な心構えを忠実に実行された結果だと感心した。「会社の繁栄と社員の幸福は車の両輪である」という“社是”を実践できる経営者は少なくなってきた。 そのために永年努力し、刀折れ矢尽きた感の「勤労・人事の老兵」としては羨ましい限りの話しだったが、良い昼食会であった。  終って ARKHL によって、 一昨日に引続き「アジアの終わり」を読んだ。一挙にと思ったが、第4章を読み終えて5 時。残り第5〜7章は後日の楽しみにして 帰宅の途に着いた。

★ 1月 7 日 (月)   [ 「 仕事始め( CIC 年始挨拶 ・ ARKHL 初出 )」 ]

「仕事始め」というとおこがましいが、やはり年の始めのケジメは必要。芳賀社長は“年始回り”で不在と分っていたが、まず海ICへ年始の挨拶へ行くことにした。社長には「謹賀新年」の印をついた名刺で勘弁して頂くことにして、留守部隊との“昼食”を目指して、入谷の本社に行った。

結果、6人の若手を含む幹部と地下のレストラン「泉」で和やかに新年の会食ができ目的を果たし、午後は赤坂のARKHLに行きパソコン・ナンプレ(数独)・読書をして、何となく仕事をした気分になり5時頃通勤帰りのサラーリーマンの群れに混じって帰宅した。

特に11月中旬から読み始めたマイケル・オースリン著の「アジアの終わり」(徳間書店:写真参照)。最初あまり面白くなくて遅々として進まなかったが、今日中盤を過ぎると俄然面白くなってきた。次回一挙に読み終えたい気分で本を返して帰った。やはり、家でボーとしてるより刺激を受ける確率が高いなというのが「初出」の感想。

★ 1月 5 日(土)  [ 「家調・鎌倉街道を歩く会# 9・最終回 (本郷台 〜鎌倉 )」 ・「鶴岡八幡宮初詣(鎌倉)」 ]

相模原家事調停協会(含むOB)の“鎌倉街道を歩く会” は昨年度最終回 の第 9 回目 は、 1月に持ち越した。今年は2月から「甲州街道」(東京〜諏訪)を歩くそうだ。ところが、1月の本番は12日(土)との事。小生は恒例の「赤門剣友会」の新年会なので出られない。“補講”を頼んだら、幹事(リーダー)が今日下見に行くからと連れて行ってくれることになった。

同様の有志が集まるかと思ったら、結果的に2人だけとなった。それでも強行することになり、 前回のゴール地点の根岸線本郷台駅 から最終ゴール鎌倉・鶴岡八幡宮 まで 、好天にも恵まれてペアで楽しく完歩した 。

9時に 本郷台駅を出発、道標・離れ山富士見地蔵尊・成福寺・水堰橋・建長寺と歩き、12時には約12Km歩き八幡宮に到着した。

2 人合せて今年160才だがリーダーは健脚、必死でついて行き殆ど休みも取らず3時間歩き通した。境内で今日までという出店の“焼きそば”を食べて、午後用事があるというリーダーと別れ、小生は春のように暖かい晴天でもあり、折角だから「鶴岡八幡宮」に初詣することにした。

大勢の参拝客の中に入り、永い時間掛けて誘導に従って階段を上がって参拝が終了するまで1時間以上かかった。しかし 、2月に赤羽をスタートしてから全行程を歩き通した満足感もあり、初詣により最高の気分で「鎌倉街道・中道」を終えることが出来た。(写真参照)

★  12月31日( 月 )〜 1 月 4 日( 金 )「長男一家帰省・大晦日・元旦」・ 「買物・会食(相模原)」 ・「女房側一族新年会(田無・木曽路)」・「 東京見物(六本木ヒルズ ・明治神宮初詣 )」「堺家会食 ( 相模原 )」・「水泳始め」]               

今年 も 年末31日に長男一家が豊田市から正月帰省してきた。 女房の負担を軽減するため5月、8月同様近くのホテルに宿泊してもらうことになっている。

昨年は都合で正月帰省が出来なかったので、2年ぶり賑やかな正月が戻って来た。ホテルにチェックインして5時過ぎに我家へ到着した。まだ明るかったが 残していた玄関先のクリスマスツリーのイルミネーションで元気いっぱいの孫たちを歓迎した。

早速仏壇にお参りさせ、夜は恒例の「スキヤキ・パーティ」。食べ盛りの中2と小5の男の孫、女房が「いくら食べても残すだろう」と言って買った肉は全部平らげた。「もう1パック有っても食べたかも」と驚いていた。

「紅白歌合戦」途中で明日からのこともあるからと、早目にホテルに引き上げていった。

翌日(元旦)は快晴の正月。9 時過ぎに我が家へ、早速皆で「神棚」へ参拝。小生の年賀状処理を待って、橋本のアリオ&MEWEの両ショッピングセンターに行き恒例の買物や軽食などを 楽しんで、夕方は相模原在住の次男家は暮から今日まで名古屋の嫁の実家に帰省しているので、長男家だけといつもの「マカロニ市場(イタリアン)」で会食した。食べ盛りなので、全員で「食べ放題」というメニューを選んだが、やはりそう食べれるものではないとわかったが、全員大満足で帰った。

2日は2時から、いつもの田無の「木曽路」で恒例の女房側一族の新年会。家を12時ごろ出て向かうと丁度良い時間に着いた。 3姉弟の3家 で 総勢31人 だが 、 大学受験 1 人と高校受験3人及び母親1人が最初から欠席、名古屋行きで下の孫が体調を崩したとの事で我家の次男家の母・子2人がドタキャンで24人で賑やかに行った。 (スナップ写真右参照)帰って我家で、長男家はおせちの正月料理を夕食に食べて、ホテルに戻った。

3 日は、 六本木ヒルズの屋上から東京を見渡そうということで、女房は家に残し、小生の引率で東京見物に出かけた。天気も良く、森美術館で開催中の「カタストロフと美術のちから展」というのも思ったより興味深く鑑賞できた。

「藤子不二雄展」も展望台で併設されており、子供たちも楽しんでいた。しかし好天で屋上の展望が素晴らしく、富士山も見え長男家も大満足のようだった。

帰り時間もあったので大混雑の明治神宮の初詣まで済ませて帰宅した。そして、6時半から近くのステーキ・ハンバーグ店「あさくま」で次男家も合流し、堺家一同10人の大晩さん会を行った。年末から腹の具合を悪くしていた下の孫(3歳)も全快。元気いっぱいに主役の大活躍をした。(1/3写真下参照)[左:六本木ヒルズ屋上、中:明治神宮本殿、右:堺一族晩さん会]

 

 

 

4日は 朝、長男家は ホテルを出て豊田に帰 った。 我々夫婦もやっと通常の生活にもどり、午後は買物に。帰ると少しおそくなったが、夜 小生は北の丘センターのプールに「水泳初め」に行った。やはり正月でウィークディのせいか思ったより空いていて泳ぎ易かった。長男家も 3 時過ぎ 無事帰着したとの事、本当に連日好天に恵まれ楽しかった年末・年始もアッという間に終わってしまった感じだ。

 
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